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最高裁判所第三小法廷 平成6年(行ツ)39号 判決 1994年10月25日

名古屋市昭和区南山町一六番地の一

カステーイリヨ南山三〇一号

上告人

貝沼正敬

同所

上告人

貝沼千恵子

右両名訴訟代理人弁護士

村瀬尚男

小出正夫

名古屋市瑞穂区瑞穂町字西藤塚一番地の四

被上告人

昭和税務署長 倉田外茂男

右指定代理人

綿谷修

右当事者間の名古屋高等裁判所平成四年(行コ)第一五号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成五年九月三〇日言い渡した判決に対し、上告人らから一部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人村瀬尚男、同小出正夫の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立ち、又は原判決を正解しないでこれを論難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 尾崎行信)

上告代理人村瀬尚男、同小出正夫の上告理由

一、原判決は判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反がある。

すなわち、所得税法五一条二項は事業所得を生ずべき事業についてその事業の遂行上生じた損失の金額はその損失の生じた日の属する年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入する旨規定しているが、原判決はこの解釈を誤っているのである。具体的に述べると、上告人らは、右の規定に基づき、上告人貝沼正敬の冨田博に対する一億五〇七〇万円の貸付金のうちの貸倒れ損失について、右上告人において本件競売物件に対して二億円を極度額とする根抵当権を設定してはいたが、右競売物件である建物の一部には第三者(三幸倉庫(株))の貸借権が設定されて同人が現実に占有しており、かつ土地上には第三者(柳原幸雄)所有にかゝる本件根抵当権の目的外建物が存在しており、事実上はもとより法律上も容易に処分できる見込はなく、従って、本件競売物件の鑑定評価額二億二八九三万円、先順位被担保債権額二億円を前提として上告人貝沼正敬に対する配当見込額を六〇〇〇万円(後年、結果的にも右上告人が二億六〇〇〇万円で落札している。そして結果的には三六五〇万余円の配当をうけた)として、右六〇〇〇万円を越える額については、競売申立時の昭和四九年分、遅くとも右鑑定評価額の示された昭和五〇年分において貸倒処理すべき主張をした。

これに対して、原判決は右の必要経費に算入できる貸倒損失として「債権が法律上消滅した場合又は法律上は存在してもその回収ができないことが客観的に確実になった場合に限られる」と解釈し(原判決引用にかゝる第一審判決三九、四〇丁)、昭和「四九年及び五〇年の時点では、本件根抵当権の実行によって冨田貸付金の一部又は全部の回収が見込まれ、その回収が期待できる金額は本件土地、建物がいくらで売却できるかにより未だ不確実であったのであるから、鑑定評価額が二億二八九三万円であったとしても、当時、被担保債権額二億円分については回収できないことが客観的に確実であったといえず」(原判決一三、一四丁)として、上告人らの主張を排斥してしまった。

しかしながら右の原判決の解釈は昭和五七年以降一般化されたものであり(通達の改正)、右五七年以前は、担保権が設定されている債権については担保物が農地等で容易に処分することができないものである場合は当該担保物を処分した場合に得られると見込まれる金額を控除した金額を貸倒れ処理することができるものと解され(当時の通達)、現実にそのとおりの税務実務が定着しかつそのとおり処理されてもいた。たしかに通達には法律と同一の拘束性こそないが、一つの法源たりうるものではあるし、長年実務上定着していたものを後年になってから改正された通達に基づいて解釈がなされるというのは、他の処理との平等性の観点からいってもすこぶる問題のあることである。ましてそれが国民の不利益に変更されるというものであれば一層不合理のそしりを免れるものではないし、特に本件審理が仮に迅速になされ、右通達の改正前に判決が下されているのであれば、さしもの原判決や被上告人承継前の課税庁におかれても、上告人らと同一の判断、解釈をしていたものと推認されるところであり、そういった観点からいっても原判決の問題性は明らかである。

昭和四九年もしくは五〇年時点における前記所得税法の正しい解釈によれば、仮に本件担保物件が農地であったならば売却等に際して取得の対象者が限定さていたり知事の許可を要求されていたりして処分しにくいことから前述した処分見込額の控除分を貸倒処理することができたわけであるが、それと比して事実上はもとより法律上もより処分に困難性の高いことが明らかな前記第三者の貸借権や第三者の対象外物件の存在している本件にあっては尚更右の処理が認められて然るべきものなのである。そして、現実にも(これは結果論ではあるが)、本件競売物件の第一回競売期日には入札者が表われなかったことは言うに及ばず、その後もいたずらに期日をくり返して期間が経過するのみであって、ついに上告人正敬自身がこのまゝでは文字どおり何時まで経っても競売手続が進行せず事案の解決ができないことから、昭和五二年になって自ら競落してようやくのこと落札されたとおりである。右のとおり、原判決が所得税法五一条二項の法令の解釈、適用を誤ったがために上告人らの請求を一部棄却してしまったものであり、もし正しい適用がなされておれば上告人らの請求は認容されるわけである。

二、原判決にはその理由に不備および齟齬がある。

原判決が所得税法五一条二項の解釈、適用を誤っているものであることは右に述べたとおりであるが、その点のほかにも、原判決の立論を前提とした「理由」づけ自体にも理由の不備と理由の齟齬がある。

1.まず理由の不備の点についてであるが、上告人らの昭和四九年中もしくは五〇年中における貸倒処理の主張を排斥する理由として、原判決は昭和「四九年及び五〇年の時点では、本件根抵当権の実行によって冨田貸付金の一部又は全部の回収が見込まれ、その回収が期待できる金額は本件土地、建物がいくらで売却できるかにより未だ不確実であったのであるから、鑑定評価額が二億二八九三万円であったとしても、当時、被担保債権額二億円分については回収できないことが客観的に確実であったとはいえ」ない(前記引用どおり)としている。しかしながら、この回収についての「客観的な確実性」ということについては何ら基準とか適否に関する手がかりが示されているわけではない。

ところで、原判決も一般債権については回収可能性を考慮すべき口吻を示してはいる。すなわち「右二億円を超える部分はいわゆる一般債権であるから、本件土地、建物の被担保債権の総額が四億円以上であるのに対し、鑑定評価額は二億二八九三万円であったことからすると、一般債権の弁済に充てられる剰余金の生ずる余地はな」い(原判決一三丁)ということである。すこぶる常識的な判断であることはいうまでもないが、ではたとえば被担保債権総額はそのまゝの四億円として、もし競売対象物件の鑑定評価額が三億九〇〇〇万円であるならば原判決はどう判断するであろうか。おそらく「剰余金の生ずる余地」なしとはいわないであろう。では鑑定評価額が三億五〇〇〇万円ならどうか、あるいは三億円ならばどうであろうか。要するに、どこかで線を引かなければならないのである。これがまた逆に、被担保債権であっても、たとえば債権額数十億円に対して鑑定評価額が数十万円、数百万円であれば、いくら原判決といえどもよもや全額について、競売物件競落後の配当がなされるまで貸倒処理を待たせるという非常識な結論は出すまい。そのように常識的な判断ができるのであるならば、上告人正敬の未順位の被担保債権二億円分についても、配当にあづかれる見込額の算出を検討しなければならないことになるわけである。要するに、右の一般債権の場合と同じようにどこかで線を引くことになるわけであり、それが配当見込額を見込むことになるわけである(そして、この正しい前記所得税法五一条二項の解釈、適用に従ったのが上告人らの貸倒処理なのである。)上告人らは、原審において、右同条ならびに当時の通達に準拠しつつ、担保物の処分の非容易性、不担保部分の回収不可能の明白性、担保物処分の見込額の三要件について具体的に述べ、本件が右要件に該当するものであることを論証した(原審平成四年九月二二日付準備書11頁以下)。本来ならば、原判決もこういった基準を示したうえ「確実」「不確実」の判断をすべきであるが、原判決はこれを全くしてはおらず理由の不備というべきである。

しかも、右引用のうち「回収が期待できる金額は本件土地、建物がいくらで売却できるかにより未だ不確実であった」というが、「不確実」なのは売却額の「金額」が不確実だというだけであり、全部の回収ができるかできないかという点については、経験則からいって、できないということが「確実」なはずである。なぜなら、他でもない当の裁判所自身によって行われている不動産競売の競落額が、事案によってまちまちであることは当然ながら、鑑定評価額と大きくかけ離れたものでなくかつ市場価額に比べて低目であることは裁判所に顕著な事実であるし公知の事実でもあるからである。してみると、たとえば上告人らが主張したように、鑑定評価額二億二八九三万円で先順位被担保債権額二億円という客観的事実を前提として、上告人正敬への配当可能額六〇〇〇万円を評価したというのは極めて常識的かつ経験則に従った判断だったというべきである。この点、原判決は理由に不備があるうえに、そしてその不備なるが故の経験則違反を犯したものであって、この点からいっても破棄を免れるものではない。

2.次に、原判決の理由の齟齬の点は、右で引用した「被担保債権二億円分については回収できないことが客観的に確実であったといえず」としていながら、「右二億円を超える分はいわゆる一般債権であるから、本件土地建物の被担保債権の総額が四億円以上であるのに対し、鑑定評価額が二億二八九三万円であったことからすると、一般債権の弁済に充てられる剰余金の生ずる余地はなく、田中倉庫が手形取引停止処分を受けた同五〇年四月二五日時点で回収不能が客観的に確実になった」(一三丁)としている点である。つまり被担保債権の二億円分については競落後の配当時である昭和五三年三月になってはじめて貸倒ができるとしておりながら、右二億円を超える部分についてはその前時点での貸倒処理を認めており、その理由として被担保債権の総額が四億円で鑑定評価額が二億二八九三万円であって「一般債権の弁済に充てられる剰余金の生ずる余地はなく」とし、要するに予想として配当に加えられる可能性がないから回収不能が確実だとして前記配当時点になる前に貸倒処理を認めている。担保権が付されているかいないかのちがいがあるということかもしれないが、本件では未順位の根抵当権と不担保の一般債権との取扱いにちがいは全くないのである。従って、前記二通りの相反する貸倒処理の仕方は明らかに矛盾しているものといわざるをえず、判決理由としては齟齬しているものなのである。

同様の判決理由の齟齬は他にもある。すなわち、「田中倉庫が手形取引停止処分を受けた同五〇年四月二五日時点において、田中倉庫及び同社の代表取締役であった田中から、冨田貸付金を回収することは事実上不可能であったものと推認される」としたかと思うと(尤もこの推認は常識的にかなっており正当であるが)、すぐこれに続いて「冨田貸付金については、本件土地、建物に極度額二億円の根抵当権が決定されていたのであるから、本件土地、建物によって担保されている二億円は回収不能であることが客観的に確実になったものとはいえない」(原判決一二、一三丁)として、正反対の法律判断をしている。これとても、右のうちの前段の部分については原判決流の前記1の理由不備の考え方からすれば、田中倉庫の破産配当と田中個人に対する債権回収手続のすべてが終結するまでは「回収不能であることが客観的に確実になったものとはいえない」とせざるをえないはずであり(尤も、その不合理性はいうにおよばないが)、そうすることによってはじめて趣旨一貫した理由づけにもなるはずである。明らかに判決理由の齟齬であって、この点からも原判決は破棄を免れるものではないのである。

以上

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